会社は何かと面倒だ

 

会社解散の手続きを、しくしく進めています。

 

これで、有限会社と株式会社と合同会社の3つを経験したよ。

ひとつは設立を自分でやったし。

ひとつは設立から解散までを自分でやることになりそう。

 

印象としては、途方もなく面倒な作業だね。。。

面倒くさい、という印象しか残らないや。

これを専門にやる仕事が存在するのも分かる気がするよ。

 

会社をやりたい!と目を輝かせてる若者が相談にきたら、こんなことを言いそうだ。

「面倒だからやめときな。」

「会社にせずに出来る方法はないのかい?」

「面倒なことを先生に依頼できるならいいんじゃない。」

 

面倒なことをあえてやってみるのも、いい経験かも知れないけどね。

自分の場合はそのおかげで、簡単に会社を作ろう!とか、簡単に一儲けしよう!などとは思わなくなったしね。

 

まあとにかく面倒だよ。それでもやるなら、覚悟しな。だよ。

 

 

受けた恩は、下の世代に返す

 

自分は今まで、いろんな方にお世話になって、今こうして健康で元気で生きてます。

さあ、受けた恩を返さなきゃ!

でも、なかなか返せてない、、、

早く返さなきゃ!

そんなプレッシャーが、けっこうありました。

 

最近は、自分にも子供が出来てしばらくたったのですが、気づきました。

恩の返し方というのは、本人だけに返すというものでもないのかな、と。

 

たとえば、上の世代から受けた恩は、本人に返すんじゃなくて、下の世代に返す。

 

その方が、自分も気軽に返せるし。

もしかしたら本人に返すより、価値があることかも知れない。

 

たとえば、自分が子供の頃お世話になった親戚がいて。

その人に子供がいたとしたら。

自分が子供の頃お世話になったことを、その子にしてあげる。

これは、その子のお父さんお母さんも嬉しいよね。

 

もし、受けた恩を本人に返したら、等価交換にしかならないけど。

間接的に返すことで、おお、喜ぶ人が増えているじゃないか。

 

こんなようなことを、仕事でもやろうと思ったら。

「会社の利益のために日々働く」ということは、「受けた恩を本人に返す」ってのと同じだよな。

恩(給料)を受けた相手(会社)のために働いているわけだから。

こういうのは近視眼的な見方だし、長い人生においては通過点にすぎない。

 

やっぱり仕事っていうのは、業界のために良いことであったり。

社会のために良いことであるからこそ、価値がどんどん膨らむし。

仕事してる本人も、胸をはれるのだと思う。

 

 

プラットフォームを作りたい

着想と創造のあいだには闇がある。新しいアイディアだけでイノベーションが生まれるわけではない。そのアイディアを現実とする行為も等しく重要なのだ。

T.S.エリオット

 

未来を予測する最良の方法は、自分で作り上げることだ。ソフトウェアを真剣に追求するなら、ハードウェアまで作るべきだ。

アラン・ケイ

 

今、スティーブ・ジョブスの伝記を読んでいますが、大好きな言葉が次から次へと出てきます。

自分が常日頃、大切にしてきたことが、この本のなかで、大切にされているのが嬉しい。

 

上に紹介したふたつの言葉を、モバイルサービスでよく使う言葉で言い換えると、こんな感じかな。

・アイディアだけでは価値がない、プロトタイプを作りユーザを千人くらい集めるところまでやることが重要。

・業界の将来が不安なら、自分で作るべき。

・サービスを真剣に追求するなら、プラットフォームまで作るべき。

 

最近、「プラットフォームを作りたい」なんてと言うと、怪訝な顔をされます。

いろんな人に言ってるんですが。

逆に、なぜプラットフォーマーを狙わないのか?

今まで意味がわからなくて、俺はあほなのかなと思っていたのですが、上の言葉のおかげでわかりました。

自分は、勝ち目や、勝ち方を考えるより先に、サービスを真剣に追求したいと思っていたんです。

 

今、アンチSNS(というプラットフォーム)のモバイルウォーズをちゃんとやったら、面白いものになると思うよ。

ソーシャルゲームの息苦しさに疲れた人が、たくさんいるだろうから。

 

でも自分の今の興味は、それとはちょっと違うところにあります。

SNSをもっとゲームにフォーカスして、SNSに次元を超えた進化をさせて。

スマホ時代のサービスプラットフォームはこれだよ!という提案なのです。

考えてると、ワクワクが止まらない!

 

でも、難しい技術の問題にぶつかってから、進んでないんだ。。。

 

 

遺訓

人の一生は重荷を負って遠き道をゆくがごとし、いそぐべからず。

不自由を常とおもへば不足なし、こころに望みおこらば困窮したる時を思ひ出すべし。

堪忍は無事長久の基、いかりは敵とおもへ。

勝事ばかり知りて、まくる事をしらざれば、害其身にいたる。

おのれを責めて人をせむるな。

及ばざるは過ぎたるよりまされり。

 

承認欲求

職場で自分が評価されていないと感じたら、、、

そりゃもう辞めるしかない。

 

自分を評価してくれる職場を探すか、自分で作るかすればいい。

 

ボトムアップで周りに変革を起こしてV字回復なんて、無理。

会社を変えるなんて、社長以外に出来ることじゃない。

 

社員が会社を変えてくれるなんて、そんなことを期待している社長がいるとしたら、そりゃ社長、あんた怠け過ぎだろう。

今が会社を変えなければならない場面だとしたら、社長が仕事をするしかない。

 

でもね、ここにちょっと罠がある。

会社を良い方向に変えたいっていう思いは、美しい。

酔えるんだよ。

会社に対して、熱い思いをもった社員が増えるってことは、社長の思いに共感する社員が増えるってこと。

これ、心地がいいんだ。社長にとっては。

 

この熱い社員が、何か社長に意見したとする。

「こうすれば会社は良くなります、やりましょう」なんてね。

でも、社長以外に会社を変えることは出来ないんだから。

社長からしたら、「社長、仕事してください」って言ってるだけに聞こえる。

まあ、腹が立つよな。

でも、会社への熱い思いってのは、美しいもんだから。

聞いていて悪い気もしないんだ。

 

だから、会話は続く。

この後どのように会話が続くかっていうと。

精神論になる。

「人のことを悪く言うな」とか。

「やるべきことをやらんといかん」とか。

まあ、基本的には上から目線で。

社員からもっと情報を聞こうという姿勢は無い。

そりゃそうだ。

情報なんて欲しがっていないんだから。

ただ、自分の話を聞いて共感して感服してほしいだけなんだから。

つまりこのような社員が必要とされているのは、社長の「承認欲求」を満たすこと。

「認められて嬉しい」って気分にさせること。

 

いや、あのね、これ実は、ものすごい価値を持っているみたいなんだ。

 

facebookやtwitterは、この承認欲求を、実に巧妙に満たしてくれるようで。

だから流行ってるらしいね。

社員には、仕事をするとかそんなこと以外にも、存在意義があって。

それが、「上の人間の承認欲求を満たす」ってこと。

 

自分のことを認めてくれるから、部下として重宝する。。。

まあ、、、人間として、自然なことかもね。

 

こんな状況を、俺は前職で、たくさん見てきたわけです。

俺自身も、たくさんやってきたと思う。後悔している。

だから、もし今後、同じ状況が目の前に現れたら、すぐにそれとわかるのです。

 

 

ぐちゃぐちゃと

たまに思う。48がなんでうまくいかなかったか?

やっぱり、時期が遅かった。

MWがローンチタイトルで出たばかりの2009年頃は、会員増に苦労しなかった。

競合が少なかったから。

それから2年後の2011年になって。

今やあたり一面、競合だらけだ。

そりゃ苦労するなあ。

 

でもなあ、やるしかなかった。

というか、辞めるしかなかった。前職を。

何十人も首切った人間がノウノウと居残っていられるか。

辞めるからには、何か新しいことをするしかなかった。

どうせやるなら、慣れた事を、、、という理由で、まあまたソシャゲを始めた。

で、こけた。というか、あきらめた。

あきらめられるような理由で起業しちゃダメだってことだ。学んだよ。

 

震災もあって、半年も収入なくて、すっかり疲れてしまった。

いいかげん新しいことを始めようと思って。

新しいことが出来るなら雇われるんでもいいや、と思って東京に行った。

そしたらそこで待ってたのは、またソーシャルカードゲーム。

おいおい、またかよ。

もう俺これやるの、5年目なんだぜ。

勘弁してくれ、飽きた、嫌な思いもたくさんした。うんざりだ。

 

ソシャゲの先行者利益の時期は終わって、今やデータマイニングが必要な時期。

細かいチューニングがサービスの成否を分ける時期。

いやいや、、、そういう緻密な作業は、オレの仕事じゃないよ。

まったく、むいてないって。

 

オレの得意なのは、次に来るトレンドを見据えて集中して大ホームランを狙うこと。

今まで何度も惜しいところまでいってたんだ。

会社のオペレーションがちゃんとしてりゃAクラスに行けたはずなんだ。

でかい会社の力を借りれれば夢じゃない、今度こそって思って、東京に来たんだ。

 

なのに、またもソシャゲ、、、

部署異動願いを出すもあえなく却下。

仕事内容も、起業する前の7年前に戻った感じ。

つまりもし13歳の中学生だったなら、まるで1年生の四則演算のドリルをやらされてる感じ。

解き方を知らなきゃ覚えることもあるし、苦にならないんだろうけど。。。

 

なんなんだろう、この状況は。

人生に無駄な時間などなくて、全ての問題は自分が解決する必要があるから見えるなどと思ってるけど、今のこの状況って何が解決すべき問題なのかがわからない。

 

前職では、心のままに行動することが出来ず長い間苦しんだわけで。

この問題の正解は、「心のままに行動するといいよ」ということだった。

そして今のオレは心のままに行動できずに苦しんでいる。

ということは今、抱えてる問題は、前と同じ問題?

つまり「確かめ算」!

 

だったら、答えはわかってる。あとは行動すればいい。

なのに、ぐちゃぐちゃ言っていて出来てない。←今ココ

ああ、これは問題だ。

ぐちゃぐちゃ言ってないで、早くやれよ。ってことか。

 

心の思うがままに生きろ

とにかく最高のサービスを作りたくて、今までずっと仕事してきたし、今もそう。

俺はただ、最高のインターネットサービスを作りたいだけの人間です。

 

なのに、ネットやコンテンツへの愛情をまったく感じられない場で働くことに、何の意味があるんだ。

 

たぶん、何の意味もない。

ただ、自分の人生の大事な時間を、お金と交換してる、それだけ。

 

「そういう人はたくさんいるよ」とか「我慢してるのはおまえだけじゃない」とか「俺も我慢してるんだから」とか、そういうことを言う人の意見は信じられない。

 

「だったら今すぐ好きなことをやれよ」と思ってしまう。

 

なのに自分のこととなると、とたんに臆病になってしまう。。。

 

心の声がずっと悲鳴をあげてるのは聞こえてる。

心の声に従わないと良くないことは学んだはず。

 

心が思うままに、生きろ。

狭いかごの中から飛び出して、大空を思うがままに舞え。

それが、人が生きる道だよ。

 

考え中

先日、着想したアイディアの今の現状はですね。

簡単な企画書を書いて、事業計画も書いて。

それをお会いする方に見てもらって、感想なり聞いたりしています。

それもなるべく、様々なビジネスをやっている方、様々な役職の方に、広く聞いてます。

今まで仙台にいたから、なかなか誰かにアイディアを気軽に聞くことも出来なかったのですが、その反動か?ってくらい、聞きまくっています。

 

で、「その企画、面白いね」「今後が楽しみだね」って言ってくれたら、じゃあビジネスしましょうって話になると、サンプルがないとわからないとか、ユーザが何人いるかわからないと考えられない、となったりします。

まあ、それはそうかも知れません。

でもそれって、「現時点では価値ゼロ」っていう判断なわけです。

 

100人中99人が価値ゼロって判断をする状況でも、「俺は価値があると思うから一緒にやろう」と言ってくれる人と、やっぱり一緒にやりたいよなあ。

そんな人、なかなかいないだろう、、、って思っていたけど。

実は、身近なところで「開発するよ」って言ってくれる方が見つかりまして。驚いてます。

 

これでモノは作れるようにはなるのだと思います。

でもちゃんとビジネスにならないといけません。

どうやったらビジネスに出来るかを今考え中です。

 

どうしたらビジネスが成功するか?ってことを考えてるとやっぱり面白いな。