審査請求した!

僕の大好きな人が死んで、

花をもってお墓参りに行くと、

誰が置いたんだろう?

きれいな花が飾られていた。

 

モバイルウォーズのコメント欄に、

愛情あふれるコメントを頂くと、

僕が大好きだった亡くなった人を、

他にも好きだった人がいるんだなと、

ありがたくて、あったかい気持ちです。

 

さて、モバイルウォーズが新しかったのは、たぶん大きく二つあって、

「リアルタイム対戦」と「カード合成進化」の二つ。

 

この5年で技術はずいぶん進歩したはずなのに、リアルタイム対戦でエポックメーキングなサービスがまだ出てきてない気がする、なんでだろ。

それくらい難しいことなのかもなあ。

だからモバイルウォーズを復活させるとしたらこの、リアルタイム対戦をどれくらい出来るかがポイントになるんだと思う。

 

カード合成進化システムは、難しい技術が必要というわけでもなかったから、パクられまくったなあ。

 

これらの経験のおかげで、二つの大きなことを学んだのでした。

1、いい感じの時期に出す

2、発明はパクられないように特許で守る

 

さて今日は、新しく発明したシステムを、特許の出願と審査請求しました!

 

ここまで長かったなあ。。。

審査請求費用(高いんだよ)を貯めるために、毎月のお小遣いをちょっとずつ寄せておいて。

出願書類を書くために、弁理士先生にお願いするお金がないから、自分で書かなきゃいけなくて、毎日時間を見つけてはちょっとずつ勉強して。

やっとのことで、審査請求できました。

 

でもなあ、すぐに審査が通るというわけでもないみたいだ。

審査とおるかなあ、、、

でもなあ、発明は特許で守らないといけないんだ。

 

パクったもの勝ちになってしまうと、誰もパクられるくらいすごいのを作ろう!と思わない。

パクった方が楽と思ってしまう。だから、何かパクれるものはないか?といつも探すことになる。

で、いいものを見つけたら速攻パクる。

参考にしただけ、なんて言い訳しながら。

 

はっきり言うけど、それ、泥棒だぜ。

いい大学を出て、泥棒になっちゃ駄目だ。

 

この「パクった者勝ち」の悪しき習慣は、絶対に止めないといけない。

誰からも尊敬されて憧れられる業界になっていかないといけない。

 

そのために必要なのは発明。

特許を取得して発明を守ろう。

そうすれば、簡単にパクれなくなる。

パクるより発明した方が良いじゃんってなる。

どんどんいいものが生まれるぞ。

みんなで発明しよう!

 

 

世界の期待に応えよう

世界を目指すとか、世界へ行くぞ、とか言えば聞こえがいいけど、どうも違うと感じてる。

 

ただ、代わりになる良い言葉がなかなか見つからないので、どうしても「仙台から世界へ」「日本から世界へ」といった、「世界へ行く」という意味合いの言葉を使ってしまう。

その方が、旅行に行くような、自分が見た事ない世界を見れるような、素敵な気分になれるから。

誰にとっても理解も早い。でもこれは間違ってる。

 

ユーフォリアでしかない。

徳川時代の参勤交代に学ぼう。

勝つのは、金を使った方ではなく、金を使わせた方。

勝とうと思ったら、こちらから行くのではなく、相手に来させるんだ。

 

どうしたら出来るか、簡単じゃないけど、でもやっているところがある。

秋葉原のオタク文化とか。原宿のサブカルとか。

 

IT業界では、今すぐにでも出来ることがある。

シリコンバレーを目指すことをやめるんだ。

シリコンバレーという目標をいったん失えばいい。

あそこは、インフラの手本であっても、コンテンツの手本ではない。

 

世界が我々に期待してるのは、コンテンツ。

日本のコンテンツは、世界中を幸せな気持ちに出来る。

世界一安全な国なんだから。

世界からの期待に応えよう。

 

発明する

プロデューサーとして、自分が良いと思って作ったものが、みんなに受け入れられなかったら?

そのときは、仕事を辞めるべきだろう。

データを分析して市場の動向をつかむ努力をする、なんてことはしない。

市場の様子を伺いだしたら、二番煎じしか出来なくなる。

直感で何が良いかわからなければ、だめだ。

 

モバイルウォーズが未だに必要とされているのは、やっぱり当時のそれが他のどこにもない、誰よりも早く始めた画期的なサービスで、つまり発明だったからなのだと思う。

みんなが求めているのは、見たことがないものを見たいという欲求。

そんなものを作って、しかもみんなに喜ばれるという興奮を味わってしまったら、やみつきだ。

作り手としてこんなに嬉しいことはない。だから、ずっと発明を続けたい。

これから自分がプロデューサーとして世に出すサービスは、必ず何か発明をしようと思う。

 

直感を信じられなくなると、一所懸命データを見て、そこからヒントを得ようとしがちだけど、データの分析は、仮説の検算でしかない。

事前に仮説がない分析は、時間の無駄。それは未来を予知しないから。

でも業界は違っても、人間の業は変わらない。これからの流行を探るヒントは、異業種の歴史の中にある。

この道14年の人間の仕事だから生み出せた価値。それがあることを証明できれば、若い人も年をとることが楽しみになるはず。

そうやって歴史が作られていって、いずれ他の業界に参考にされるような歴史になる。出来れば、反面教師ではなく、積み上げていきたい。

 

 

びっくりさせたい

あれもやりたい、これもやりたいと思っていた企画も、さあ実装しようとなるとちょっと無理があるなということがわかってきます。この無理は、やりたいと思っていたことをあきらめるということではなくて、もっとわかりやすくなってもっと良くなることを気づかせてくれるきっかけ。

 

他人に作ってもらっていると、これがなかなかわからない。自分の考えたかわいいアイディアを否定された気になるからね。でも自分で作ろうと思って考えてみると、やっぱりいろいろ無理があることに気づく。じゃあどうしようかと考えれば、開発者も嬉しくてユーザも嬉しいアイディアが見つかる。ユーザのために開発者が犠牲になる企画は良くない。まず開発者が笑ってないとユーザは笑わない。

 

ちゃんとやろうと思うとつまらなくなる。遊びは教育じゃない。遊びから学ぶかどうかは本人次第。作り手が教育のためにとか思ってると遊びにならない。説教臭さはにじみ出てしまう。すごい自分をみてほしいのか、本気で誰かに楽しんでもらいたいのか。つい、すごい自分をみてほしくなりがち。でもそんなものには誰も興味ない。だから、ちゃんとやろうなどと思わない。それより、びっくりさせたいと思う。

 

 

リアルな方向は間違ってる

何かを作っていて気に入らないところがあれば、気に入るまで何度も没にして繰り返す。。。

 

でも、気に入らないのには、ちゃんと理由がある。

なんとなく違う気がするんだけど、理由がある。

でも、悩んでるときはそれが何かわからない。

何度も試すと、だんだんわかってくる。

そして、ああこうすれば良かったんだってわかったときは、とても嬉しいな。

謎解きみたいなもんだね。

 

ところで、リアルな方向へ行こう、より現実に寄せようとしてるときは、間違った方向へ行ってるっぽい。

考えることにくたびれてるから、誰もがわかる安易な答えに、ただ近づこうとしてる。

苦労する道を選んでるようで、考えてないので、結局、楽な方向へ行こうとしてる。

考えてないんだから、たどり着いた答えには、何の感動もない。

せいぜい、がんばったねって言われるくらい。

 

でも、感動がある答えには、理屈がどうでも良くなってしまうパワーがある。

そういう時は、たいてい笑ってる。

 

なんだ、こりゃ?

よくわからないけど、なんかハマっちゃう。

そういう風に言われることを目指してる。