IoTは、モノの擬人化

ゲームとネットサービスを一緒くたにされることが多いけど、このふたつははっきり違う。ゲームの目的は娯楽だけど、ネットサービスは課題解決。ネットサービス出身者にとってゲームは課題解決の手段。
ゲームをつくるときはどうしたら面白くなるか?を先に考えるけど、ネットサービスをつくるときは、どんな課題を解決するかを先に考える。

Googleが情報をまとめてくれる前は、情報がまとまってないと不便ということに気付かなかった。ワンクリックショッピング体験が、怖くなくて楽しいことをAmazonが教えてくれた。着メロはケータイに最初から入っているセンスの悪い音を入れ替えて、カスタマイズする楽しさを教えてくれた。絵文字は、パケット代が高くなるから送信できる文字数が限られたなかで、多彩な感情表現を可能にしてくれた。

ソーシャルゲームも、無料Flashゲームで集客&アバターで課金のモデルが飽きられてきて、自己重要感の飢餓感を解決するために生まれたネットサービスだった。いまではすっかりゲームのジャンルのようになったけど。もともとは課題解決が先にあって、そのための仕組みだった。

なので、ぼくがゲームデザイナーと紹介されることは違和感がある。ゲームをデザインしたぞと思ったことがない。ゲームをつくるぞと思ったこともなければ、ゲームをつくろうとしたことがない。いつもこの課題を解決するにはどうしたらいいだろうと考えていた。そうして出来たもののひとつにゲームがあって、それが目立ったけど。

さて、ソーシャルゲームやアプリ(それもゲームばかり)が派手に注目されることで、ネットサービス=ゲームと捉えてしまうと、この先のネットサービスのユーザニーズがわからなくなる。ネットサービスはいつだって課題解決が先にある。

そんななか今年はIoT元年と言われてる。でも、流行るらしいからやっておこうというのでは本質を見失う。IoTがなぜ流行るのかを考えるべき。IoTとは、ハードウェアのこと。スマホの外の世界でのことがら。つまり、これからスマホの「中の進化」だけでは、誰も驚かなくなる。だから、「外の進化」を期待するようになる。

具体的には、手元にあるひとつのスマホとつながる数個のアクセサリーが作られる。それがぜんぶスマホのアプリ経由でネットにつながるようになる。アプリがアップデートされると、さもアクセサリーそのものが進化したかのように感じる。これはすごいことになる。

これはつまり「モノに命が吹き込まれる感」が圧倒的に進化する。Webサービスがアプリになって減速したと言われている更新性の高さ=イキイキした感じが、なんと「モノ」に当てはまる。同じ言葉しかしゃべらない人形はすぐに飽きてしまうけれど、更新されればユーザが好む言葉を自ら話すことが出来る。モノが自分の意思で成長しているように感じられる。モノの擬人化。

 

アイディアソン&ハッカソンまとめ

先日参加してきたアイディアソン&ハッカソンの情報がいろいろまとまっていたので、ご紹介します〜。

アイディアソンまとめ
https://dev.smt.docomo.ne.jp/?p=tec.column.detail&article_id=9

ハッカソンのWiki
http://www.hack4town.org/wiki/index.php

イベント紹介スライド
http://www.slideshare.net/skkj2014/hack-fortowninaizu

動画の再生リスト
http://www.youtube.com/playlist?list=PLjaU4dlb6AW5Arc9NyqBODNTCBs0upWkQ

プレゼンのもよう

授賞式(3:55頃から)

メローネが頑張ってる!?

ぼくのなかのどこかに、カラフルな牛たちがいて、もう7年くらいずっと一緒にいるわけです。

頭のなかで彼らと会話できるので、まあひとりでいるときでも退屈はしません。

だけど最近は、「はやく外に出たいよ!おれたちはここにいるぞ!はやく活躍させろ!」という牛たちの声、というか文句を、よく聞くようになりまして、その声に突き動かされてる気がします。

で、どうしたらいいかな?と。どうしたら牛たちが活躍してもらえるかな?と考えて、いろいろしていて、アイディアソンに出たり、ハッカソンに出たりしてるんだけど、注目されるのはアイディアとか企画の方で、牛たちが注目されてる気がなかなかしません。

2月5日のアイディアソンでは優勝しました。メローネたちのぬいぐるみに話しかけたら会話が出来るという、ネットとモノの連携企画でした。このアイディアが、参加者の過半数の支持をうけて、ニーズがあるとわかったので、いよいよちゃんと作ってみたくなりました。そこで、2月16日のハッカソンに出ることにしました。

いままでiPhoneアプリを作ったことがなかったので、気合を入れて勉強するために、いい目標になりました。本を2冊買って、10日でObjective-Cを勉強してiPhoneアプリを開発する力をつけてから、ハッカソンに望みました。

結果は、ゲーム部門の賞をもらいました。メローネたちと街を歩いて、逃げたプリンセスを探すという、リアル連携アドベンチャーゲームです。これには、アイディアソンの時と同じ技術を使っているので、必要なコア技術について詳しくなることができました。

さてさて、勉強になったし賞をもらったりで、自分はとても嬉しかったんだけど、このままだと、牛たちの騒ぎが収まらない。

「なんだよ、おまえだけ賞をもらって。俺たちは!?まだ活躍できないのかよ。」と、文句を言われてます。

もうちょっと。。もうちょっと待ってて。。

この後は、クラウドファンディングで資金調達して、モノの製作と、アプリの開発をする「モノとネットの連携を提案する会社」を立ちあげて、まずは牛たちがおもいっきり暴れられる舞台をととのえるからね!

 

いまはメローネひとりで頑張ってる!!

http://moo.co.jp

更新が少ない。。またサボってるな。。

 

ネットのなかの、アプリについて

今もたまにモバイルウォーズへのコメントを頂きます。ありがとうございます。

http://hiroka.net/mw#comment-2654

 

当時、中学生だった方が今は高校生。。。時間の流れを感じます。むかしからやっていたサービスが何年かすぎて、ブログにコメントをもらえるなんて、開発者冥利につきます。

7年前の当時はスマホなんて言葉もなかったし、時代はどんどん変わって、いまはみんながスマホ。むかしは個人開発者がサービスを作ってヒット飛ばすという事例があったけど、今は「サービス」というよりは「ゲーム」になってきました。

スマホになって、アプリを開発して世界へ配信できる環境が整って、広告を貼れば10PVあたり1円くらい稼げるようになったから、個人が食べていく手段として気軽に選べるようになってきているのも、その背景にありそう。

だけど「ゲーム」であって「サービス」じゃない。ゲームのなかでプレイするユーザは、狭い箱庭に閉じ込められて、開発者が事前に仕掛けた罠にはまったり、ご褒美をもらって一喜一憂したりする。サービスはそうじゃない。ユーザがサービス改善のために声をあげる。単なる不満でもいい。ユーザが主体的に参加する、参加できる、それが最高。

昔は、インターネットに無限の広がりを感じていた。ケータイからネットに「つながる」感覚が良かった。今はアプリは、ダウンロードした後はネットにつながらない方が望ましいという見方もある。アプリという枠のなかでしか夢を見れなくなったのか?インターネットって、こんなに狭い世界だったっけ?

ネットは、世界を変えるツールのはず。だけど、これほどアプリが広まり、ネットアクセスの手段としてブラウザよりもアプリを選ぶ人が増えたら、もうアプリとは無縁でいられない。

それでも、アプリで何が出来るのかを考えるんじゃなくて、何をアプリにさせるのかを考える。この順番で、考える。「アプリじゃないと出来ない」とか「アプリのなかで完結すること」を考えると、ネットの可能性が狭くなる。

僕らが今働いているアプリの市場は、広いネットの世界のなかの、ほんの一部にすぎない。ネットのなかの、アプリ以外の市場は、これからもっともっと大きく広がる。