プロフィール

小泉ヒロカ

ネット領域の発明家・起業家。ギジン株式会社代表取締役。新しいプラットフォームに最適なコンテンツの開発が得意。

1974年生まれ。株式会社サイバードを経て、2004年独立。

主な仕事に、日本初モバイルコミュニティのマスターとして、No.1サービスに育てる。サーバの緊急時にメール通知するスクランブルメールシステムを企画。200万会員の問合せに対応するCRMシステムを開発。東北にモバイルサービスの開発会社を創業し社員35人の会社に育てる。2007年にカード合成進化&ガチャの原型を発明し、世界初ソーシャルカードゲーム「モバイルウォーズ」を開発。モバゲーオープンプラットフォームのローンチタイトルに選ばれ、会員70万人を達成。ほかWebサービス・iOSアプリなど多数プロデュース。著作に、「48ヶ所の身体を奪われた人間と悪魔の契約」(Kindle版)。

週刊スピリッツ新人賞受賞。アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー東北大会スタートアップ部門受賞。

東北大学大学院RIPS 0期生

 

■過去の仕事の紹介記事

@AJA
moo(C-netJapan)
モバイルウォーズ(仙台経済新聞)
地方で起業したIT開発会社が、VCからの資金調達に成功、パブリッシャーに業態転換を果たした後、倒産するまでの生々しい話(Storys.jp)

■経歴の詳細

1974年、神奈川県川崎市で生まれる。

インドネシア日本人学校入学、9歳で仙台へ移住するまで小学校を4回転校。

5歳、マンガを描き始める。
9歳、ピアノを習い始める。
10歳、BASICでプログラムを書く。
13歳、自作のテーブルトークRPGに、オリジナルBGMが欲しくなり作曲を始める。
15歳、マンガの投稿を始める。
19歳、週刊スピリッツ新人賞に入賞。これを期に東京の大学へ進学し、数社の出版社に担当編集がつく。

周囲が就職活動を始めるなか、就職する意味を見いだせず大学中退。昼はマクドナルド、夜はヴェルファーレでバーテンのアルバイトを掛け持ち。

1996年、インターネットに感銘を受け自作曲販売サイトの運営を開始。Apple社の推薦サイトに選ばれる。しかし、注文を受けても見積すら作れない状態だったため、商売のイロハを勉強しようと企業へ入社の検討を始める。

1999年、株式会社サイバード入社

当時、10名ほどの小さな会社。コミュニティサイト@AJAの運営を担当。当時、サイトの管理者のことを「WEBマスター」と言っていたため「マスタ」と名乗りメルマガを書く。怪しい雰囲気や事務的なサービスが多い中で、「出会っちゃお♪」をキャッチコピーにフレンドリーな文化を創出。これが女子高生に受けて20万会員を達成し、カテゴリ1位となる。
障害発生時に自動でメール連絡がくる「スクランブルメール」システムを発案、名付け親となる。
同社の数百万会員の問い合わせに対応する、メールソフトとエクセルを使用したエスカレーションシステムを構築し、当時、初となるモバイル専業のコールセンターを立ち上げる。
マザーズ上場後、六本木ヒルズに移転したことで燃え尽きて、次に何をしようか考え始める。発注先のひとつが仙台在住の弟だったため、会社にして大きくしよう、と合流することにした。

2004年、株式会社サイバード退社、有限会社K sound design創業、代表取締役社長就任

地元の仙台に戻り、会社を設立。新しいネット産業を地元で広めてみんなに感謝されたい、という淡い気持ちを持っていた。東京のクライアントからの受託開発事業が軌道にのり、3年で年商1億4千万に到達。第5回アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー東北大会スタートアップ部門受賞。
しかし、労働集約の商売である受託業の成長に限界を感じ、「Moo」という動画共有サービスをプロデュースする。これは、IPAの支援事業に採択される。当時、動画をシェアするSNSは斬新だったが、ガラケーで動画を撮影するユーザがいなかった。
サービスに魂を込めるには自分でコードを書くしか無い!と思うに至り、2007年4月から技術者に転身し、PHPとMySQLを勉強し「モバイルウォーズ」の開発を始める。
無料のFlashゲームが全盛の当時、モバイルウォーズは後にソーシャルゲームとして広まっていくさまざまな要素を発明し、後に4000億円に成長する市場を掘り当てた。

2008年、株式会社K sound design、取締役会長就任

モバイルウォーズの成長を受け、会社は上場を目指すことになった。しかし、自分には上場企業の舵取りをする準備が出来ていなかったため、社長を交代し会長になる。VCから投資も受け、モバイルウォーズの会員は20万人を達成。
2009年にSNSのオープン化が始まり、モバゲーのオープンの際には、限定30社の1社に選ばれローンチタイトルとなる。他にもmixi、GREE、Yahoo!モバゲーにリリース。アプリやろうぜbyGMOに選出され、プラットフォーム制覇賞を受賞。会員は70万人に到達。
その間は、モバイルウォーズのシステムエンジニアを担当することになり、Linuxを勉強して最大30台のサーバ構築や保守を行いながら、複数のキャラクターがメンバーと交流するコーナー(着ぐるみトーク)を同時に行った。

2011年、株式会社K sound design退任

2010年以降、カード合成ゲームが大流行し、モバイルウォーズのメンバーは次々と流出し、競争に敗れる。取締役を辞任した後、自分に出来そうなことを考え、サーバ設定からテキストライティングまで全てひとりで行ったソーシャルゲームを開発するが、すでに市場はレッドオーシャン。3ヶ月で撤退を決める。もう一回、ゼロからやり直そうと東京の会社に就職するが、得られた仕事が仙台事業所の立ちあげだったため、8ヶ月で仙台へトンボ返り。その会社を退職後は、発明に専念するため個人事業を開始。モバイルウォーズの続編のプロデュースや、仙台市の事業などのお手伝いを、それぞれ半年ほど続ける。

2014年、ギジン株式会社、設立

ハッカソンへ参加し賞を頂いたことをきっかけに、大型契約につながり法人化する。当初は、IoTゲームの開発会社として立ち上げるが、1年でバーンアウト。その後は、半年ほどIoTサービスの企画やiOSアプリを開発、モバイルウォーズの復活などする。2016年、チャットボット開発へピボット。今に至る。